トランプ米大統領は2026年10月9日、ロシアのプーチン大統領との電話会談(約90分間)を経て、ロシアが米市場および世界市場へディーゼル燃料を供給する合意に達したと発表した。供給量は即座に30万トン以上、11月に50万トン、その後さらに100万トン、短期間で最大300万トンの追加供給が予定されている。これを受け、米財務省はロシア製ディーゼルの世界市場への流通を2027年4月7日まで認める一時ライセンスを発給した。トランプ氏は「アメリカ人のための価格引き下げ、とりわけ偉大なる農業者、畜産業者、トラック運転手のための価格引き下げが私の最優先事項だ」とソーシャルメディアで宣言した。この合意は、トランプ氏がわずか数週間前に署名した対ロ包括制裁法(ロシアのエネルギー経済への締め付けを目的とする法律)と正面から矛盾するものであり、ワシントンの対ロ圧力路線における劇的な転換点となった。
合意の背景には、今年2月末に米国とイスラエルがイランに対して軍事攻撃を開始したことでイランがホルムズ海峡を封鎖し、世界のエネルギー供給網が深刻な混乱に陥った事実がある。米国のガソリン平均価格は2月末から46%以上上昇して1ガロン4.37ドルに、ディーゼル価格は67%急騰して6.28ドルに達した(9月22日には6.52ドルの記録的水準を記録)。トランプ氏は「ホルムズ海峡の完全な支配」と「ロシアのエネルギーに関するこの偉大な発表」により、米国内外のディーゼル価格が急速に低下すると主張した。一方、ロシアはウクライナのドローン攻撃により自国の精製施設の約30%が機能不全に陥っており、国際エネルギー機関(IEA)もロシアのディーゼル生産が約30%低下したと推計している。ロシアの副首相アレクサンドル・ノヴァクは、ロシアの国内市場もディーゼルで「完全に供給される」と述べ、輸出禁止措置を前倒しで解除する方針を示した。
この合意は、ウクライナのゼレンスキー大統領から激しい反発を招いた。ゼレンスキー氏はAxiosの取材に対し「絶対に最悪だ」「公平でも誠実でもない」と述べ、プーチン大統領の74歳の誕生日(この週に誕生日を迎えた)に「誕生日プレゼントを贈るようなものだ」と皮肉った。さらにX上の長文投稿では「ロシアに石油製品の販売を許すことは、終わらせなければならない戦争への投資である。戦争を長引かせるものではない」と断じ、「ロシアはさらなるテロと裏切りで報復するだろう」と警告した。ゼレンスキー氏は、米国・ウクライナ・欧州の交渉担当者がマイアミで停戦案を議論していたまさにそのタイミングでトランプ氏がプーチン氏と合意した事実を「交渉チームが煙幕として利用された」と非難した。また、ロシアがウクライナのエネルギーインフラを攻撃しない限り、ウクライナもロシアの精製施設を攻撃しないという相互非エスカレーション案を米国に提案していることを明かし、「米国にはこの妥協を達成する力がある」と述べた。
メディアの論調には明確な地域差が見られる。米国のAP通信やNPRは、トランプ氏が数週間前に署名した対ロ制裁法との矛盾と、中間選挙(11月3日)に向けた政治的動機を前面に押し出し、共和党のドン・ベイヤー下院議員が「トランプはロシア问题上で信頼に値しない」と批判した点を報じた。英国のBBCは、イラン戦争がエネルギー市場に与えた影響と、トランプ政権がG7諸国に戦略備蓄から1億バレルの放出を働きかけた経緯を詳細に伝えた。ドイツの『ファルクスツェイトゥング』紙はゼレンスキー氏の「明白な弱さ」という表現を引用し、ウクライナの相互非エスカレーション提案を詳しく紹介した。アルゼンチンの『クラリン』紙は、トランプ氏がイラン戦争を「米国とイランの戦争」と呼び、その影響で燃料価格が上昇したとウクライナ側の攻撃を非難した点を指摘した。インドの『タイムズ・オブ・インディア』紙は、インドがロシア産エネルギー購入を巡って米国から圧力を受けてきた経緯と対比させ、「ワシントンの二重基準」を浮き彫りにした。パキスタンの『デイリー・タイムズ』紙は、プーチン氏の声明を重視し、両首脳がイラン情勢とウクライナ危機の解決策について「相当な関心」を払ったことを強調した。カタールの『アルジャジーラ』と『ミドル・イースト・アイ』は、イラン戦争の文脈を重視し、トランプ氏がロシアのイラン問題への関与を歓迎したというクレムリンの発表を伝えた。豪州の『フィナンシャル・レビュー』系メディアは、気候変動・エネルギー相のクリス・ボーエンが「豪州はロシアの燃料を必要としておらず、望んでもいない」と述べ、米国と異なる方針を維持したことを報じた。シンガポールの『チャンネル・ニュース・アシア』は、米国のディーゼル消費量(1日約360万バレル)に対するロシア供給量の実効性への懐疑的な見方を伝えた。
この合意は、複数の戦略的緊張を同時に孕んでいる。第一に、トランプ政権がイラン戦争でイランの核兵器開発を阻止したと主張する一方で、ロシアがイランに衛星情報やドローン部品を提供してきた事実と矛盾する。第二に、マイアミで米・ウクライナ・欧州の交渉官が停戦案を議論していた最中にプーチン氏と二国間合意を結んだことで、ウクライナ側が「交渉チームが煙幕として利用された」と反発し、同盟国間の信頼関係が損なわれた。第三に、ロシアが占領するウクライナ領土は全土の約5分の1に達しており、ゼレンスキー氏は「ロシアは戦場でこれほど弱体化した時期はなかった。だからこそプーチンはテロと裏取引に頼る」と分析した。第四に、トランプ氏とプーチン氏は11月に中国で予定される首脳会議への参加に双方が関心を示しており、エネルギー取引が地政学的な交渉の入口となる可能性を秘めている。米国が2022年以降ロシア産石油・ガスを輸入していない事実を踏まえれば、この合意が世界市場の価格を恒久的に下げるかは不透明であり、エネルギー政策研究財団のマイケル・リンチ氏は「タイタニック号のデッキチェアを並べ替えるようなものだ」と評した。