2026年10月6日、ブエノスアイレスのモニュメンタル競技場に約8万5000人の観客が集い、リオネル・メッシがアルゼンチン代表としての最後の試合に臨んだ。39歳の背番号10は、ベニンとの親善試合でPKによる通算126点目となるゴールと2アシストを記録し、3-0の勝利を演出した。208試合目にして最後の代表キャップとなり、21年間にわたる国際キャリアに幕を下ろした。試合後、メッシは「代表でプレーすることは人生で最も美しい経験だ。もう来られないのは深い痛みになる」と語り、引退を「キャリアで最も悲しい日」と表現した。
試合の展開は、メッシ個人へのオマージュとして設計されていた。前半は無得点に終わり、10分には背番号10にちなみ1分間の拍手が捧げられた。後半48分、メッシが左CKからオタメンディにアシストを供給し、61分にはニコ・パスへのパスで追加点を演出した。71分、エリア内でジャイが倒されPKを獲得したメッシは、左足でクロスバー直下に突き刺し、チームメイトが囲んで一丸となって喜んだ。試合終了後にはドローンショーが夜空を彩り、メッシの横顔が描かれた。歌手ソレダ・パストルッティが「ブリインディス」を歌い、セレモニーを締めくくった。
引退試合の前後には、メッシの周囲で数々の出来事が起きた。長男ティアゴ(2012年バルセロナ生まれ)は、父がマイクでスピーチする間、涙を流してその腕にすがった。コンメボル会長のアレハンドロ・ドミンゲスは、NBAスタイルのチャンピオンリング、レガシーと刻まれたブレスレット、コパ・アメリカのレプリカ、全チームメイトがサインした公式ボール、そしてメッシの全キャリアを記録した大型書籍コレクションを贈った。ベニン主将のセシ・ダルメイダは、アフリカ・ベニンの象徴である「ダホメのアマゾン戦士」のフィギュアを妻アントネラに捧げ、「王を守る戦士」としての役割を託した。ブエノスアイレス大学は引退試合前にAFA本部で名誉博士号を授与した。
国際的な追悼と賛辞も相次いだ。元バルセロナ・パリSGの同僚ネイマールはX上で「アルゼンチンだけでなく、世界全体がお前に感謝している」と投稿した。元同僚ディマリアはInstagramで「お前の世代に生まれた特権を享受できた」と述べ、「史上最強」と記した。アルゼンチン大統領ハビエル・ミレイもX上で「メッシは不可能だ。あらゆる局面で最高だ」と賛辞を送った。ガーディアン紙はメッシが「サッカーを完成させた」と評し、AP通信は「アルゼンチンとメッシの愛の物語」を伝えた。
一方、チケット転売の問題も浮上した。AFA公式サイトでは一般チケットが9万ペソから48万ペソで設定されていたが、公式プラットフォームDeportickで完売後、リセール市場で最大800%の上乗せ価格が横行した。ブエノスアイレス市警は9月29日から捜査を開始し、10月6日にビセンテ・ロペス市内の住宅を捜索、約985万ペソと5万6300ドルの現金、チケット9枚、札計数機などを押収した。また、ラプラタの観光会社「モド・ブエラ」が「代表公式代理店」と称してVIPパッケージを最大180万ペソで販売していたが、AFA広報担当者はその関係性を否定した。
各国メディアの論調には差異が見られた。アルゼンチン国内メディア(クラリン等)は家族の涙や個人的なエピソードを前面に出し、感情的な物語として構成した。AFP・ロイター・DW・フランス24など欧米系通信社・放送局は、2026年W杯決勝でのスペイン敗戦(ニュージャージー)や2022年カタール優勝との対比を通じて、メッシの「マラドーナの後継者」としての歴史的意義を強調した。ガーディアンは統計的異常性(208試合・126得点)に焦点を当て、韓国ヘラルド紙はアルゼンチン国内で長年続いた「メッシは愛国的か」という論争の終結に言及した。一方、マレーシアNST紙は試合結果と引退の「悲しみ」の側面を簡潔に報じた。全メディアに共通する根幹的事実は、メッシがアルゼンチン史上最多出場・最多得点者として、W杯1回・コパ・アメリカ2回の優勝を達成したという記録である。対立軸としては、アルゼンチン国内メディアが「メッシの人間性・家族性」を前面に出すのに対し、国際メディアは「サッカー史における比類なき記録」という抽象的評価に終始する傾向が確認された。