2026年ノーベル賞シーズンが開幕した。10月7日、スウェーデン王立科学アカデミーは化学賞をフランスのアンリ・B・カガン(95歳)と日本の相楽謙三(76歳)に授与すると発表した。「非対称有機合成における非線形効果と自己触媒反応の発見」が受賞理由である。今週は月曜の医学賞(カル・ダイサーロス、ペーター・ヘーゲマン、ゲオルク・ナーゲルの光遺伝学研究)、火曜の物理学賞(フランシス・ハルツェンのニュートリノ研究)に続く第3弾であり、木曜の文学賞、金曜の平和賞、10月12日の経済学賞へと続く。賞金は各部門1200万スウェーデンクローナ(約120万ドル)で、12月10日の授与式でノーベルの遺言に基づき「人類に最大の恩恵をもたらした者」に贈られる。
授賞対象となった「ホモキラリティ」の問題は、生命の根源に関わる謎である。アミノ酸のような分子は鏡像対称の二形態(エナンチオマー)を持つが、生体内のタンパク質はほぼ例外なくその一方のみで構成されている。この「片手性」がなぜ自然界で生じるのかは1世紀以上にわたり未解決だった。カガンは1986年、触媒が不完全な純度であっても生成物の光学純度が想定以上に高まる「非線形効果」を発見した。相楽は1995年に自己触媒反応を提唱し、2003年には反応系内で鏡像対称の一方のみが生成される反応を実現した。ノーベル化学委員会議長のハイネル・リンケは「彼らが開発した化学反応は劇的である」と評し、その発見が医薬品製造の根幹を支えると指摘した。ドイツの『フランクフルター・アルゲマイネ』紙は、2001年の化学賞でノウルズ、ノヨリ、シャープレスが「触媒的不対称合成」で受賞した際カガンの基礎的貢献が除外された事実を「2001年の大いなる不公正がついに是正された」と報じた。フランスの『ル・フィガロ』紙も「la grande injustice(大いなる不公正)」という表現を用い、フランス科学界にとっての「屈辱の回復」として報じた。一方、英米のメディア(BBC、NPR、Times of India等)は科学的意義と製薬産業への応用に重点を置き、歴史的不公正という文脈は概ね言及していない。
金曜に発表される平和賞には、トランプ大統領の「亡霊」が影を落としている。バングラデシュの『デイリー・スター』紙とマレーシアの『ニュー・ストレーツ・タイムズ』紙はいずれも「the specter of Trump」という表現を見出しに用い、オスロのノーベル委員会がホワイトハウスからの反応を警戒していると報じた。トランプは2025年1月にホワイトハウス復帰以来、平和賞獲得を強く働きかけてきたが、イランへの戦争、グリーンランドを含む領土的野心、国際協力機関やメディアへの攻撃が受賞の可能性を損なっているとされる。2025年にはベネズエラ野党指導者マリア・コリナ・マチャドが受賞し、ニコラス・マドロ大統領の拘束後にトランプへメダルを贈与したが、政治的支援は得られなかった。平和賞の候補者は287名・団体に上るが、その名簿は50年間秘匿される。2025年に少なくとも一つの国家行為体が関与した武力紛争は65件に達し、PRIO(オスロ平和研究所)によれば1946年以降で最多である。オスロ平和研究所所長のホーコン・イェルロウは「トランプは部屋にいる亡霊である」と述べ、委員会が「この賞を授与することで害が生じる可能性があるか」と自問していると報じた。有力候補には、レオ14世教皇、パレスチナ占領地特別報告者フランチェスカ・アルバネーゼ、報道の自由を掲げるジャーナリスト保護委員会(CPJ)、国際刑事裁判所(ICC)、国際司法裁判所(ICJ)等が挙げられており、いずれもトランプと対立関係にある。
木曜に発表される文学賞では、中南米女性作家が有力候補とされている。アルゼンチンの『クラリン』紙は、アルゼンチン人作家サンタ・シュヴェブリン(48歳)とメキシコ人作家クリスティーナ・リベラ・ガルサ(62歳)を「フェミニズムの色彩を帯び、時に暗く暴力的で、シュルレアリスムの要素を散りばめた」書き手として紹介した。同紙はまた、ジャマイカ・キンケイド(77歳)がトランプ大統領の批判的知識人である点に言及し、その受賞が「政治的ジェスチャー」と解釈される可能性を示唆した。中南米出身のノーベル文学賞受賞者は2010年のマリオ・バルガス・リョサ以来途絶えている。スウェーデンの『エクスプレッセン』紙文化部長ヴィクトル・マームは「もはやキンケイドが受賞する時期だ」と述べ、同紙編集長ビョルン・ヴィーまんは「この種の作品は3行読めばノーベル賞だと分かる」と評した。スウェーデン・アカデミーの女性受賞者は122名の受賞者中わずか18名であり、中南米やアジアの言語で書く作家は依然として少数派である。
今期のノーベル賞は、科学の知見が地政学的緊張と不可分に結びついていることを浮き彫りにしている。アルゼンチン・バングラデシュ・マレーシアのメディアが「政治的ジェスチャー」「亡霊」という語を用いて平和賞を報じた一方、ドイツ・フランスのメディアは科学史の不公正の是正という文脈を前面に出し、英米のメディアは科学的意義と製薬産業への応用に重点を置いた。この論調の分断自体が、ノーベル賞が単なる学術的栄誉にとどまらず国際政治の鏡として機能していることを示している。オスロのノーベル研究所事務局長クリスティアン・ベルク・ハルプヴィーケンが「世界は正しい方向に進んでいない」と述べたように、賞の選考過程そのものが国際秩序の亀裂を反映している。