2026年10月6日、フランス全土で学生抗議デモが戦後最大級の規模に達した。労働組合や教員、保護者も参加し、学生たちは教員不足、過密クラス、老朽化した校舎への不満を掲げた。抗議運動は9月21日にパリ郊外クレテイユの職業訓練校で始まり、約2週間で全国に波及した。内務省は同日、全国で25万6000人がデモに参加したと発表し、労働総同盟(CGT)は45万人と推計した。学生組合は1800校以上の高等学校が封鎖または休校となったと主張した。
学生らの要求は、欠員教員の補充、午前8時から午後6時までの長時間授業の短縮、昼休憩の延長、老朽化した校舎の改修、40人超の過密クラスの解消、そして大学進学選抜システム「パルクルスュ」の改革である。アルゼンチンの『クラリン』紙は、この運動を「5月68年以来の学生運動」と位置づけ、労働組合や大学、農民への拡大可能性を指摘した。中国の『サウスチャイナ・モーニング・ポスト』は、フランスの10年物国債利回りが5%超と24年ぶりの高水準を記録した財政状況との関連を強調した。
抗議運動に対する警察の対応は激しい批判を浴びた。北部ランスでは15歳の少年が機動隊の閃光弾により左手を切断した。トゥールでは16歳の生徒がゴム弾で右眼の視力を失い、サン=ウアン=ロモヌでは14歳の生徒が催涙ガス弾の至近距離発射により歯の大半を失った。アムネスティ・インターナショナルは「学生抗議に対する不均衡な警察の弾圧を直ちに終わらせるべきだ」と声明を発表した。ドイツの『ドイチェ・ヴェレ』は、警察の暴力が「前例のない」レベルに達していると報じた。
首相セバスティアン・ルカルヌは各閣僚に対し、学生らの5大要求への対処を命じ、10月末までに具体的な提案を提出するよう指示した。マクロン大統領は緊急会議を召集した。極左「屈せざる仏」(LFI)のジャン=リュック・メランション候補は抗議運動を支持しつつ非暴力を呼びかけた。政府と極右「国民連合」のマリーヌ・ルペン候補はLFIが運動を扇動していると非難した。2027年大統領選まで半年を切る中、この抗議運動はマクロン政権への重大な挑戦となった。
各国メディアの論調には明確な差異が存在した。まず一致点として、抗議運動が9月下旬にパリ郊外クレテイユで始まり、約2週間で全国に拡大したという事実認識と、警察が催涙ガスや放水車、ゴム弾を用いたという事実については、ほぼすべてのソースが一致した。一方、解釈の分断は顕著だった。アルゼンチンの『クラリン』とフランスの『ル・フィガロ』『フランス24』は、未成年者に対する警察の暴力的弾圧を前面に押し出し、人権侵害の側面を強調した。対照的に、中国の『サウスチャイナ・モーニング・ポスト』とドイツの『フランクフルター・アルゲマイネ』は、国債利回りの急騰や財政赤字の拡大といった経済的圧力との関連を重視した。米国の『NPR』とカナダの『CBC』は、催涙ガスや放水車といった警察戦術の不均衡性と、2027年大統領選への政治的影響に焦点を当てた。スペインの『エル・パイス』は、教育問題を超えた社会全体の不満――燃料価格の高騰や公共支出削減――との関連を指摘し、「黄色いベスト」運動との類似性を示唆した。カタールの『アルジャジーラ』はインドの反モディ抗議やイランとフランスの外交関係まで射程を広げ、最も広い国際的視野を提供した。
抗議運動は国際的にも波紋を広げた。イランはフランスの学生抗議に対する「暴力的対応」を理由に、駐テヘランのフランス大使ピエール・コシャールを召還した。米国のトランプ大統領はフランスの騒乱を「大規模な移民流入」とイスラム教のせいにし、自国の中間選挙に向けた右翼的ナラティブに利用した。ベルギーのリエージュでも同様の学生抗議が発生した。インドでは、モディ首相に対する抗議が同時多発的に発生し、作家アルンダティ・ロイは「皇帝は正体を暴かれ、権力を失った」とモディ政権を批判した。
この抗議運動は、フランスが教育支出においてOECD平均を約36%上回る水準を維持しながらも、その効果が現場に届いていないという構造的矛盾を露呈した。フランスの高校生1人あたりの年間教育費は1万3020ユーロに達するが、教員の給与水準は周辺国を下回り、公立高校の授業時間の10%が未実施である。政府が財政緊縮と教育投資の両立を迫られる中、2027年大統領選に向けた政治的力学はさらに複雑化しつつあった。